互いのできることを持ち寄る、顔の見える支え合い。「じかんぎんこう」が育むものは


スマホの使い方を教える、家の修理を手伝う、英語で話をする、子どもと一緒に遊ぶ…

自分ができることを活かして、地域の誰かを助けると、その「時間」を貯めて、こんどは自分が誰かのサポートが必要になった時に、貯めていた「時間」を使って手伝ってもらうことができる「じかんぎんこう」。誰もが平等に持っている時間を介して、地域内でそれぞれのできることを提供し合う、支え合いの仕組みです。

みんなが平等に持っている時間を使った支え合いの仕組み
じかんぎんこうの仕組みを利用した「お料理教室」
じかんぎんこうの仕組みを利用して「将棋」を学ぶ

長野県麻績村(おみむら/※1)では、この「じかんぎんこう(※2)」の取り組みの輪が少しずつ広がってきています。麻績村でじかんぎんこうをはじめとした、村の共助ネットワークや、子ども向けの自然体験イベント、地域の方々の居場所づくりなどの活動をしているのが一般社団法人わくわくの村です。

※1:麻績村(おみむら)は、聖山(ひじりやま)の南麓と麻績川流域に広がる自然豊かな村。面積は約34.38平方キロメートルで、長野県内で3番目に小さいコンパクトな村ながら、標高差を活かした農業や聖湖を中心とした観光業が盛ん。人口は約2,300人(1,013世帯)

※2:一般社団法わくわくの村「じかんぎんこう」は、信州ブランドアワード2025の「NAGANO GOOD DESIGN部門」に入賞

わくわくの村の拠点がある日向地域からの眺望

今回は、設立メンバーの和栗由利子さんに、じかんぎんこうを立ち上げた背景やこれからの展望についてお話しいただきました。

福祉業界での経験を経て、出産を前に長野へ移住

和栗さんは愛知県一宮市の出身。短大を卒業後は、地元を離れ神奈川県へ移ります。当時、旅行で訪れたアフリカやメキシコで子どもたちと触れ合ったことがきっかけで、福祉や子どもと関わる仕事がしたいという思いが芽生えました。

その後、通信制の大学で福祉を学び直し、児童養護施設や東京都の児童相談所、横浜市の福祉保健センターなどでの経験を経て、出産を機に長野への移住を決めました。

「以前から自然の中での生活に憧れがありました。わたしは愛知出身で、夫は東京出身です。そのちょうど間くらいという理由で長野県内で移住先を探していました。市街地よりは山あいのエリアがよかったので、車を走らせ、色々な場所を見て回るなかで、立ち寄った筑北駅で『どこかに家ないですかね』と何気なく尋ねた人が筑北村(※)役場の方だったんです。福祉関係の仕事をしていることや空き家を探していることを伝えたら、役場では社会福祉協議会の職員を探しているということで、仕事も家も紹介していただくことができました」

※麻績村の南側に隣接するのが筑北村

もともとこの辺の地域のことは全く知らなかった和栗さん夫妻ですが、この思いがけない偶然の出会いがきっかけとなり、お腹の中に第一子を授かっていたタイミングで、2008年に移住(当初は筑北村に移住。その後、隣の麻績村に家を購入、現在に至る)。当時は都会から地方への移住がめずらしく、周りにはほとんど移住者がいないなか、縁もゆかりもない地での暮らしが始まりました。

子育て期の社会からの孤立をきっかけに、助け合いの仕組みを

移住して間もなく、一人目のお子さんが誕生。親戚や頼れる人がいないなかでの初めての子育ては、心細さがあったといいます。

「小さな村なので、地域の方に見守られている安心感はありましたが、周りに親戚はいませんでしたし、当時は移住者も少なかったので、心細さはありましたね。ママ友はできても、みんな子育てで大変なのは分かっているので、なかなか頼りきれなかったり、気を遣ったりして…」

子育て期に社会から孤立している感覚や疎外感を抱え、本当はもっと社会とつながりたかったと振り返る和栗さん。周りの人に「助けてほしい」と思うだけではなくて、「自分にもできることがあるのにな」とも思っていたといいます。

第二子を出産した頃、和栗さんは麻績村の社会福祉協議会から、高齢者支援会議に住民代表として参加してほしいという依頼を受けました。そこでは、高齢者たちが日常の困りごとを共有しており、例えば、「リモコンがない」と電話がかかってきたり、携帯電話の操作方法が分からなくて、そのたびに誰かが家まで行かなければならないという話などがあがっていました。

「『わたしには高齢者福祉のことは分からないですが、私からお伝えできることがあるとすれば、子育て世代もいろいろなことで悩んでいます。もしそういう困りごとであれば、わたしたちの世代もお手伝いできます』と話したんです。『お互いにできることを交換できるような仕組みがあったらいいですよね』と」

その時、和栗さんの頭に浮かんでいたのが、過去に本(下部写真)を読んで興味を持っていた「時間銀行」の仕組みでした。

工藤 律子 著「雇用なしで生きる~スペイン発『もうひとつの生き方』への挑戦~」

「あなたにとって当たり前の時間が、誰かの笑顔につながる」仕組みづくり

「過去に成長を前提としない定常経済や、人と人が与え合うギフト経済のような仕組みについて調べていたことがありました。その中でジャーナリスト工藤津子さんの本と出合い、1980年代のアメリカでタイムバンクという仕組みが始まったことを知りました。そして、その仕組みの原型が1970年代の日本にあったことも分かって(ボランティア労力銀行=女性の時間を補助し合う仕組み)。ただ、日本ではそれほど広がらず、海外、特に欧米などで発展していったようです。それを知って、こういう仕組みが自分たちの地域にもあったらいいなと思っていました」

周囲の人たちの賛成や協力もあって、和栗さんは二人目の子育て中の2023年9月に、麻績村でのじかんぎんこうを立ち上げました。

「当初は。試行錯誤を繰り返しながら、自分たちなりのチャレンジだったので、なかなか地域に広がっていかない状況でした」

現在、じかんぎんこうは専用のメールサービス「ゆいまゎす」に登録することによって誰でも利用することができるシステムで運用しています。利用者はプロフィールやできること、やってほしいこと、対応時間などを登録し、自分ができることを提供することで、時間を貯め、次は誰かにサポートしてもらえるという、支え合いの仕組みです。

「地域の共助をITで実現する目的等でつくられたWebサービス「ゆいまゎす」の制作会社との出会いが、現在のじかんぎんこうの仕組みを形づくっています。助けることができる人と、助けを求めている人をスマホでつなぐことができるようになり、子育て世代には好評です。ただ、高齢の方には、少し敷居の高いシステム。スマホへのシステム登録を丁寧にお手伝いしたり、電話などのアナログな対応も行っています」

利用者は時間を気にすることなく、自分のタイミングで投稿でき、投稿内容はサービスに登録した人は誰でも閲覧できる

自分が参加したい、手助けしたいと思えば、その場で意思表示ができ、支援者が決まったことは自動で投稿者に連絡が届く。日程調整は本人同士で行うことができる

スマホでの登録を丁寧に説明

小さな村だからこそ広がる共助の仕組み

英会話やDIY、食事を作ってほしいなど、さまざまなニーズがあるなかで、最も多いのは子育てのサポート。じかんぎんこうによって、和栗さん自身の子育てもとても楽になったといいます。子育てをする親の支えになるだけでなく、子育てをサポートしてくれる高齢者にとっても、子どもと触れ合うことが癒しになったり、コミュニケーションの場としてプラスに働いています。

じかんぎんこうの仕組みを利用して「一緒に勉強」
じかんぎんこうの仕組みを利用して「山登りのガイド」を依頼

「娘を見ていても、近所との関係がすごく近いんです。学校帰りにバス停で降りたら、そのまま家に帰るのではなく、近所のおばちゃんやおじちゃんのところに寄って帰ってくる。昭和の時代にあったような地域の関係性が残っているんですよね。娘からすると、おじいちゃん、おばあちゃんのような存在ですが、本人は“友達”と言っていたりして。そういう関係がいいなと思います」

じかんぎんこうをスタートしてから、今年で丸3年。現在の登録者数は77人になりました。和栗さんは100人、150人と登録者数を増やしていきたいと意気込みますが、日本全体ではあまり広がらなかった時間銀行が、麻績村では少しずつ浸透し、継続していることの理由の一つには、人口約2,200人という村の規模、コミュニティの小ささが仕組みにフィットしたことがあげられるでしょう。

「先日、子どもたちとの夏休みのイベントで、じかんぎんこうを体験してもらい、紙の通帳や時間のコインを作って、実際にやってみました。わくわくの村で大事にしている『助けることも、助けてと言えることも大事、そして人とのやり取りをたくさんしてほしい』という想いも共有できて、にぎやかなイベントでしたが、少しは分かってくれたかなと思っています」

都会ではお金を払いさえすれば、ベビーシッターや家事代行といったサービスとして受け取ることができます。しかし、小さな地域ではそうしたサービスを受けられる環境はなく、頼れるのは地域コミュニティです。じかんぎんこうがあることによって、移住者や昔から地域に縁がない人でも、コミュニティの一員として支え合うことができるのです。

ビワの葉や桑の葉を使ったチンキやお茶作りを、じかんぎんこうの仕組みを利用して、夏休み中の子どもたちと体験。わくわく村メンバーの坂野かほりさんを講師に、体験したのは、子ども2人と、代表和栗さん、そして地域みんなのお母さん的存在の前村長の奥様の高野栄子さん。三世代が一緒に、麻績の自然素材を囲んで交流するひとときとなった。坂野さんは移住者で信濃観月苑で施設管理をされている

自然体験イベントや農業、できることを少しずつかたちに

2024年に法人化した一般社団法人わくわくの村の活動(※)は、じかんぎんこうの他に、月に1~2回程度、子ども向けの自然体験イベントを開催したりする「しぜん村」、子どもも大人も安心して過ごせるサードスペース「居場所ベース」の運営など多岐に及びます。今年からは農業にも挑戦し始めているそうです。特に、身近に豊かな自然があることは和栗さんが麻績村で暮らすなかで、一番魅力に感じている部分で、特に子どもたちには自然のなかで思い切り遊んでほしいと願っています。

※法人化の前から、今とほぼ同様の活動を実施していたそうです。

“じかんぎんこう”や“居場所ベース”の拠点になっている「JA松本ハイランド日向ふれあいセンター」2階の広々スペース

村内には子どもたちが「トトロの森」と名付けた秘密基地のような森があり、取材の前日にも保育園の子どもたちが沢でカニを捕まえに遊びに来ていたのだそう(※)。子どもたちにとって、親から離れて自由に遊べる場はとても大切で、そういった場を村の人たちの協力のもと企画運営しています。

※村で唯一の保育園の園児たちが、月に2回遊びに来るそうです。

通称トトロの森には、地域のおじさんたちが腕を振るって作った大きなブランコやスライダーなどが木立の中に点在する

「住みはじめて以来、村の環境(人、自然)がすごくいいなと思っていたので、それをもっと多くの人と共有したいと考えていました。豊かな自然のフィールドでは子どもたちの遊びはつきない。ここには、遊びきれない環境がある。そんな遊びをいっぱいやりたい!が『しぜん村』のきっかけです」

自然の中での活動で欠かせないのが「地域のおじちゃん、おばちゃん」たちの存在です。子どもたちのために木工で遊具を作ったり、自然に関する知識を教えてくれるなど、活躍しているのだそう。じかんぎんこうの仕組みの外でも、与え合う姿勢が自然となされているのです。

わくわくの村の活動がかわいいイラストでプリントされた素敵なTシャツ!

おたがいさまの新しいカタチづくりが目標

「じかんぎんこうは、世代を超え、地域の共同体のなかで親密な関係性が育まれることで生まれる『おたがいさまの新しいカタチ』を目指しています。それは、デジタル技術も使った現代の支え合いの仕組みです。だからこそ、細々とでも続けて、利用する人を増やしていきたいです。地域にいる人たちが、自分のできることを持ち寄って、お互いに支え合う。それが特別なことではなく、当たり前になるような地域になったらいいなと思っています」

時間は誰にとっても平等な資源。じかんぎんこうは、別の地域やコミュニティでも展開することができる仕組みです。和栗さんは、地域の学校と連携をして子どもたちへの認知度を高める活動に力を入れていくほか、関心のある地域があれば、仕組みや運用のノウハウなどを積極的に共有していきたいと話します。

日々の暮らしの中での小さな支え合いの積み重ねが、本当の意味で強い地域をつくっていく。麻績村では、子どもも高齢者も、昔から暮らす人も移住してきた人も、顔の見える距離でつながることができはじめています。

そのつながりを、じかんぎんこうという仕組みが後押しする。「何かしてあげる人」と「助けてもらう人」を固定せず、一人ひとりが自分のできることを持ち寄ることで、地域の中に新しい関係が生まれています。

みんなの「やってほしいこと」「やれること」「やってみたいこと」を書き出し黒板に掲示

例えば、昭和や平成の初期までは、各地で行われていた子どもから高齢者までが参加し、地域の絆を深めてきた地区運動会。長野県下でも開催するところはかなり少なくなってきていますが、麻績村では、移住者も参加して地区対抗の大運動会が開催され、慰労会も地区ごとに公民館等で開催されているといいます。また、慰労会の二次会も飲食店ではなく地域の世話役的な家で行われているところもあるなど、親密な昭和のコミュニティのカタチがいまだに残っている地域です。

そんな親密なコミュニティを下支えする「かっこいい大人」がたくさんいる地域だと和栗さんはいいます。格好いい大人たちとのいい関係性を持って育った子どもたちは、その地域や社会の中で必要なものを身につけながら成長していきます。そして将来、彼らもかっこいい大人になっていくことでしょう。

最後に、和栗さんにこれからの展望を伺いました。

「じかんぎんこうも、農業も、子どもの居場所づくりも、やりたいことはまだたくさんあります。限られた時間のなかで、全部実現することは難しいですが、続けていることで協力してくれる人が増えていくのを感じています」

「できることから、少しずつ形にして、続けていく」。和栗さんの言葉のように、無理なく続けられる小さな活動の積み重ねが、これからの地域のあるべき姿をつくっていくのかもしれません。

現在の産業・経済のスピードから少し離れた小さなローカルにしか存在しない、豊かな自然・親密なコミュニティ社会・文化的資源(風土)、地域にあるもの、人を活かす暮らしが、人間的な豊かさを育むことにつながっていることを、取材を通して感じました。

じかんぎんこうネットワークの広がりと、わくわく村の活動の継続が地域をどのように変化させていくのか。今後も目が離せません。

一般社団法人わくわくの村
https://wakuwaku-omi.com

じかんぎんこう
https://time-bank.wakuwaku-village03.workers.dev

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