2026年04月04日 暮らし・文化・アート
南信州の文化・人・風土の素晴らしさへの気づき。ひとりの熱狂から始まった、小さなまちで生まれつつある変化
長野県最南部、東西を中央アルプスと南アルプスに挟まれ、天竜川に育まれた飯田市と下伊那郡からなる南信州エリアは、自然や食、芸術・芸能など特有の文化が今も豊かに息づいている地域です。
そんな南信州の魅力を独自の観点で掘り下げ発信、地域ではにぎわいの場づくりに挑み、小学生の娘を持つ母として子育てにも奮闘するなど、精力的に活動する女性がいます。グラフィックデザイナーで、合同会社伊那谷サラウンド(※1)代表の北林 南さん(以下、南さん)です。
そんな南さんに会うため松川町にある、あらい商店街にぎわい拠点「カイコ KAICO(※2)」を訪ねました。
※1「伊那谷サラウンド」は、南信州を拠点に、地域の広報活動をサポートするデザイン会社。地域の人々が「伝えたい・つなげたい」と思う大切なメッセージをデザインを通じて表現し、未来の可能性を共に創り上げるている。
※2「カイコ KAICO」という名前には、三つの意味が込められています。
・思いがけない出会いを表す「邂逅(かいこう)」
・地域の記憶や風景を思い返す「回顧(かいこ)」
・未来の可能性を育む「蚕(かいこ)」
人と人が出会い、記憶がめぐり、小さな挑戦が次のにぎわいを生み出していく。そんな循環が生まれる場所でありたいという願いからのネーミングです。

飯田市出身の南さんは、専門学校への進学のため上京し、2002年にUターン。その後、天竜川ラフティングガイドや会社員を経て、現在はグラフィックデザイナーとして松川町を拠点に活動しています。
現在さまざまな活動に取り組みつつ、仕事も暮らしも楽しみながらアクティブに日々を送る南さんの原動力は何なのか。紆余曲折しながらも、常に前へと進んできたこれまでの人生を振り返りながら、地域と自身の現在地、そして描く未来についてたっぷりとお話を伺いました。

(南さんが、飯島町在住の人形師・百鬼ゆめひなさんが主宰する人形づくりワークショップ「どんどろ寺子屋」に娘さんと通い、1年ががりでつくった等身大の人形二体が、カイコのシンボルに!)
◎野口千英子さん(写真左)
俳優で演劇を通じて地域の豊かさを伝える「南信州アートラボ」を主宰する野口千英子さんは、松川町のまちづくり政策課・まちづくり推進係の集落支援員でもあり、普段は「カイコ」に常駐。そしてなにより、南さんのよき理解者で協力者。

混沌とした時代の閉塞感。夢中になれるものを探し求めた20代
飯田市に生まれた南さん。グラフィックデザインに出会うのは、社会人になって数年後のことで、もともとは子どもの頃から好きでやってきた音楽を職業にするため、音楽の専門学校に進学するため上京。現在は、地域の魅力にどっぷり浸かり、それを発信者として支える、地域に欠かせない存在となっていますが、高校生のときは、とにかく地元から出たくて仕方がなかったと振り返ります。
「当時は小室哲哉さんが大流行していて、その影響で、わたしも高校時代にシンセサイザーやエレクトーンを使ったエレクトロ音楽の作曲に熱中しました。時には作詞をして自分で歌ったりもしていたんです。将来は音楽で食べて行きたいと本気で考えていて、地元には絶対戻ってこないくらいの気持ちで上京しましたね」
専門学校卒業後は、アルバイトをしながら趣味で音楽制作を続け、いわゆるフリーター生活。時代はバブル崩壊からしばらく経ち、2000年を迎え就職氷河期に。社会には混沌とした重い空気が流れていました。南さんは、いつかは音楽で生活をしていけたらという密かな思いを抱えつつも、東京での社会人生活が5年ほど続いた頃、気づけば心が疲弊しきっていました。
「はっきりとした目標を見失って、東京の生活に飲み込まれるような感覚で、体調を崩し、病院ではうつ病と診断されました。心配した母が電話口で『もういい加減帰ってきなさい』と泣きながら訴えてきてくれて…。その声を聞いて、ようやく帰ろうと素直に思えたんです」
22歳で飯田市の実家にUターンしてからは、体調が万全ではないなか派遣社員として働きつつ、唯一の楽しみはお酒を飲むこと。そんな中、ひょんなことから天竜川でのラフティングガイド講習に参加することになります。子どもの頃から当たり前の景色だった天竜川ですが、南さんにとって天竜川をボートで下るのは初めてのこと。「一回くらい体験してみるか」という軽い気持ちで参加したこの体験が、その後の人生を変えるほどの強烈な出来事となります。

「天竜川の上から見る風景に、心の底から感動してしまいました。地元にこんな景色があったなんて、まったく知らなかった。ものすごく元気が湧いてきたんです。そのときガイドとして一緒にボートに乗ってくれたジョニーさん(※)は、人生の師匠と言えるほど、今でも自分にとって特別な存在です」
※ラフティングガイドのコミュニティではリバーネームと呼ばれるニックネームで互いを呼び合っていた
川の上での忘れられない感覚、そしてジョニーさんが他愛のない会話の中でかけてくれた「やりたいことがあるなら頑張れよ」という言葉。それらが南さんの背中を押し、ラフティングガイドを仕事にすることを決めました。
ラフティングガイドの資格を取るため、2か月後の認定試験に向けて、北林さんは会社員と掛け持ちするかたちでトレーニング中心に猛特訓。早朝4時に起床し天竜川を下ってから出社するというハードな日々の末、見事、認定試験合格を掴み取ります。平日の仕事を派遣やアルバイトに切り替え、週末や夏と秋のハイシーズンはラフティングガイドとして働く生活は12年間にもわたって続きました。
夢中になれるラフティングと出会ったことで、心身ともにすっかりエネルギーを取り戻した南さん。ラフティングガイドとして、観光客を迎え入れることで、少しずつ地元に魅力を感じるようになっていきました。

好きなことを仕事に。グラフィックデザインとの出会い
平日は会社員、週末はラフティングガイドとして充実した日々を送っていた南さん。3、4年が過ぎた頃、勤め先の会社で「絵を描くのが上手だから、デザインや写真の加工を勉強して欲しい」と社長さんから頼まれたことがきっかけで、グラフィックデザインと出会うことになります。28歳の頃でした。
アナログで絵を描くことが好きだったこともあり、最初はパソコン作業に対して苦手意識があったものの、分厚い参考書を片手に独学でデザインを学び始め、どんどんその世界にのめり込んでいきました。その才能が開花していきます。
ソフトの使い方やデザインの知識、技術を身につけると、徐々に関連会社や地域の写真館などからの仕事も舞い込んでくるようになり、デザインを通して地域に貢献できる喜びを感じ始めたといいます。30歳を目前にして、そろそろ自分の仕事をどうしていくか腰を据えたいと考えていたこと、会社勤めに向いていないと感じていたこともあり、半ば勢いで独立。グラフィックデザイナーとしての道を本格的に歩み始めました。
独立後も、ラフティングの仕事はジョニーさんのサポートをするかたちで継続。天竜川だけではなく、全国各地を飛び回り、ラフティングを通して広がった縁がデザインの仕事につながることもありました。
「組織というものに馴染めなくて、独立したのはどちらかというと逃げるような感覚でしたね。デザインには夢中になっていたので、これでダメなら何をやってもダメだと。それが結果的に自分のやりたいことにつながって、デザインで食べていけるようになりました」
亡き父との原体験を胸に、始めた地域での活動
ラフティングガイドとして働くなかで、観光客や修学旅行生たちと出会い、彼らからの「南信州は本当にいいところ」「星空がきれい」「水がおいしい」「食べ物もおいしい」といった言葉の数々を通して、地域の魅力に気づき、一度は離れた故郷への思いを新たにした南さん。
幼少期に父とともに見たある光景を、ふと思い出します。それは、父、洋一さんが仲間とともに開催した収穫後のキビ畑でのジャズコンサートの風景です。洋一さんたちは、地域を盛り上げる活動の一環として、数年間に渡り一流のミュージシャンを南信州の大自然に招き、イベントを行っていたのです。
ステージのヴォーカリストの背景で、中央アルプスに夕陽が沈んでいく美しく壮大な風景は、南さんの脳裏に今も鮮烈に焼きついています。

洋一さんは、南さんが高校2年生の頃、42歳の若さで病気で他界。前衛舞踏家としての経歴も持ち、文化芸術に精通していた洋一さんは、地域の行事やイベントの企画運営に積極的に携わり、幼い南さんの目にも生き生きと輝いて映ったといいます。

「大人が仕事以外で楽しいことをやって、地域を盛り上げようとしてる姿を目の前で見てきて、父があれから何をやりたかったのかなみたいなことを漠然と考えるようになりました。母や父の友人から話を聞くと、きっと父にはやりたいことがまだまだたくさんあったと思うんです。実際の思いを知ることはできないですが、父の見たかったであろう景色を探るために、同じようにジャズコンサートを開催しました」
原体験となった洋一さんとの思い出に重ね合わせるように、2014年に飯田市で野外ジャズイベント「伊那谷サラウンドジャズ in ごんべえ邑」を企画、開催(※)。その後も地元アーティストのライブ企画など、さまざまな活動を通して地域への愛着が深まっていき、南さんの胸には南信州の文化をもっと知り、発信したいという思いが芽生え始めていました。


※伊那谷サラウンドジャズ
2014年、2015年、野外イベント「伊那谷サラウンドジャズ in ごんべえ邑」開催
2017年~2019年、2023年、2024年、松川町の食×ジャズライブ「伊那谷サラウンドジャズ」として開催
南信州の芸術・芸能文化を発信する『伊那谷回廊』
「ジャズコンサートを企画したり、趣味で和太鼓サークルに参加したりするなかで、たくさんの魅力的な人に出会って話を聞く機会ができました。そういう人たちの貴重な話を自分だけが聞いているだけではもったいない、もっとみんなに知らせなきゃと思って始めたのが『伊那谷回廊(※)』です。素晴らしい活動をしていても、文化芸術分野ではなかなか食べていくことが難しいのも事実で。デザインはできてもライティングに関しては素人でしたが、自分が聞いたことを原稿に書いて、勝手に届けよう、そんな感じでした」
2018年に初号を発刊し、2025年4月の最新号で9号目となるフリーマガジン『伊那谷回廊』。20ページ近くにわたる読み応えたっぷりのこの冊子は、南さんが自費で発行しているもの。企画、取材、編集、執筆、撮影、デザイン、すべてを手がけているというので驚きです。

ページをめくると、和太鼓サークルや人形師、舞踏家、ダンサーなど、南信州を拠点に芸術・芸能分野で活躍する多彩な表現者たちの声や、地元の学校や商店街でのアートに関する取り組みの紹介記事などが、鮮やかなデザインに彩られ、目に飛び込んできます。


※伊那谷回廊
南信州の文化芸術・暮らしを伝えるフリーペーパー「伊那谷回廊」は2018年に創刊。独自の視点でディレクション、編集、取材、執筆、撮影、デザインまで行う。不定期発行で、県内約100箇所に設置。現在は、フリーペーパーの他、noteやYouTubeでもコンテンツを更新、読者やアーティストからも好評を得ている。伊那谷サラウンドのオウンドメディア。
結婚を機に2016年に飯田市から松川町へ移住、出産を経て、長女が未満児保育に通い出すタイミングを見計らい、忙しない日々の中で時間を見つけて初号を発刊。それからおおよそ1年に1度のペースで発行を続け『伊那谷回廊』の制作は今や、南さんのライフワークともなっています。一時発行を休んだ期間もありましたが、それがかえって調子が悪く感じられたのだそう。
冊子を作るために取材するのではなく、あくまで自分の心が動くかどうか。取材先は南さん自身の「自身が会いにいきたい」「話を聞いてみたい」、そして「この人の力になりたい」という気持ちを基準に選んでいます。

地元の商店街に、子どもたちが帰って来れる場所を
グラフィックデザイナーという肩書きに収まらない、多岐にわたる活動を展開する南さん。その勢いは止まることなく、2025年夏には、協力者とともにまた新たなプロジェクトを始動しました。
松川町のあらい商店街の一角にある空き店舗を活用し“まちの小さな開かれた場所”を目指した、にぎわい拠点「カイコ KAICO」の開設と運営です。


南さんが松川町に移住してきた約10年前は、あらい商店街にはまだ多くの店が営業しており、商店街でのイベントには地域の人が集まる様子が見られました。しかし、この10年で店舗数や催しは少しずつ減っていき、商店街を支えてきた連合会も、数年前に担い手の疲弊で解散。年に一度、子どもたちが心待ちにしている商店街の夏祭り「あらい祇園祭」も存続が危ぶまれる状況に直面していました。
カイコの物件は、商店街のちょうど真ん中あたりにある交差点の角地のガラス張りの建物で、いわば商店街の一等地。10年近くがらんと空いた状態のままになっていました。
「ここににみんなが集まれる『開かれた場』をつくりだそう。ここが明るくなるだけで商店街が変わってくるだろう。ここに誰かいるだけで、商店街が変わってくるだろう」。
そんな、確信めいたものがあったそうです。
松川町役場からの声掛けで、2024年からあらい商店街で活動していた南さんを中心とする町の有志グループ「あらいにぎわいクリエイト部」の活動拠点として、キッチンつきの明るい空間にリノベーション。
「リニューアル工事費は高額になるので工事業者の方からは、具体的にやることを決めずに大丈夫?と心配されました。もちろん不安や怖さもありましたが、やってみよう!というエネルギーの方が大きかったですね」。

「期待通り、カイコを立ち上げると、日に日に声をかけてくれる人も増えてきて、チャレンジショップ(古着屋さん)をやりたい人も出てきて。祇園祭の日は、缶バッチをつくるワークショップをやったり、夏休みには工作、その後もジオラマづくり、お絵かき、自分でフリーペーパーをつくろうなどなど、知り合いの得意を寄せ集めていろいろなワークショップを開催しました。いろいろなチャレンジがこの「場」から生まれている実感があります。
現在は、毎週木・金曜日をオープンデーとして開放。子ども向けのイベントやワークショップなどを企画開催しています。定期イベントとして、南さんの小学生の娘さんが発案した、商店街のゴミを拾う自主活動「放課後ごみひろい」が毎週木曜日に行われています。








「とにかく地元から出たくてしょうがなかった私が、上京する前に、実家の焼肉屋を手伝っていたとき、常連のお兄さんが掛けてくれた『いつでも帰って来られる場所があると思って、頑張ればいいよ』という言葉がやけに心に残っていて。自分が弱くなったとき、帰れる場所があると思うと安心しました。だからこそ、この場所を“誰かにとっての、帰れる場所”にできたらいいと思っています。もしそんな場所になれたら、今来てくれている子どもたちの中から、将来運営する側に回りたいと思う人が現れるかもしれませんね」。

地域が育んできた力を、地域の未来力に
「カイコ」が次に目指すのは、『暮らしをひらく実験室KAICO』への成長と進化です。子どもも大人もふらっと立ち寄れて、小さな挑戦や出会いが生まれる場所を目指しつつ、徐々に育まれてきた「にぎわい」の点と点をつなげ、新たな地域の文化・芸能の発信、継承の場として発展していければと考えているそうです。
全国の小規模な町や村が、高齢化や少子化、さらにはデジタルの過剰な便利さによって、人と人がつくり出すにぎわいが減ってしまう課題を抱えています。
「松川町くらいの規模の地域だと昭和的な人と人との繋がりやぬくもりが今も残っているんです」と南さんはいいます。
そのことで、南さんが話してくれた印象的で象徴的なエピソードがあります。それは、南さんが結婚する前、まだお付き合いをしていないときに、ご主人のバンドのライブを見に行ったときの話です。
「高校時代からベンチャーズのコピーバンドをやっている主人のライブを初めて見たとき、地域の人同士の関係が近かった時代の風景が、松川にはまだ残っているんだと強く心に印象づけられました。そもそもライブ会場が公民館。座布団ひいて、フランク食べながら。小さな子どもやおじいちゃん、おばあちゃんも見に来ていて、おひねりを投げたり。杖をついたおばあちゃんがステージにのし袋を置きに行ったり。アンコールではおじさんがビール持ってステージに…。空間がめちゃくちゃ温かいんです」。
南さんにとってその風景は、憧れていた「人と人との繋がりやぬくもりがある風景」でした。
「ライブを見た後、とても感激し嬉しくなって、このバンドを応援したいと思ったんです。だからその後、私がライブ企画をつくったりしました。それが主人とのなれそめでもあります」。

このエピソードと南さんの話を聞いていると、地域のにぎわいづくりのために大切な要因は、きっと地域に息づく繋がりやぬくもりなんだろうなと実感できます。
そして、ここ南信州・松川町なら、地域が育んできた健やかな暮らしの力を、地域の未来力に変えていけるかもしれない。という思いが湧いてきました。
時間的ゆとりや自由があり、個人の信用で多くのサポートを受けられる健やかな暮らしが息づく地域では、自分で自分の仕事をつくり、公私の区別なく仕事を楽しむ(ワークライフミックス)、そんな豊かな生き方ができる機会にあふれています。
南さんはまさにそれを松川町で実践している人です。
アートも、音楽も、演劇も…それから伝統芸能も。地域のために、絶やさないために、ひとりの熱狂が必要
音楽やアートの大切さを強く感じている南さん。日々の暮らしの中に息づく地域の祭りや芸能を継承することで、地域のにぎわいを維持し、また、地域文化・芸術の敷居を下げて、気楽に楽しめる場所もつくりたい。「関わって、繋がってきたアーチストの方々を応援したいし、地域に根付く文化や芸能を絶やしたくない」と語ります。
以前、南さんが仕事で行った取材の中で出逢った「全ての新しいことは、ひとりの熱狂から始まる」という言葉に大きな感銘を得たそうです。
後継者不足や、担い手の固定化、集客の苦労。そんな多くの「どうしよう」も、ひとり熱狂的に動く人が現れることで、周囲がその熱狂の渦に巻き込まれていくことで、何かが変わりはじめ、今日まで続いてきた文化が確かにあります。
南さん自身、その熱狂の火付け役になれるような人を、どこかうらやましく思っていたといいます。
ただ振り返ってみると、誰に頼まれるでもなくにぎわい拠点を生み出し、地域を巻き込んでのイベントを生み出し、伊那谷回廊という発信メディアを生み出している南さんは、すでにひとりの熱狂と言えるでしょう。そしてその熱量が、まわりに伝染し、さらにそこに新しい熱量が加わって、少しづつ何かが変わり始めています。

グラフィックデザイナーとして、子どもを育てる母として、南信州を愛する地域の一員として、心が行き届く範囲の人たちのため、地域のため、そして自分自身の豊かさのために。松川町という小さな町で、北林 南さんは今日も静かに熱を灯し続けています。
合同会社伊那谷サラウンド
〒399-3303
長野県下伊那郡松川町元大島2991-3
https://inadani-surround.com
北林 南さんのnote
https://note.com/kminami
暮らしをひらく実験室KAICO
〒399-3303
長野県下伊那郡松川町元大島1562-4
カイコの活動のnote
https://note.com/kminami/n/n5f90da645f10
あらいにぎわいクリエイト部(カイコの活動インスタ)
https://www.instagram.com/arainigiwai/










