「相乗りくん」でエネルギーとエコノミーをシェア。志を持ち続けた主婦が、地域づくりのけん引役に!


市民が主役の発電事業、太陽光パネル「相乗りくん」はシェアリングエコノミー

NPO法人上田市民エネルギーが、2011年から展開している発電事業「相乗りくん」。
親しみやすい名前のとおり、発電とは言っても、市民が主導し、参加者が主人公になる“みんなでつながって増やす自然エネルギー”の取り組みです。

「相乗りくん」は、日当たりのいい信州の屋根に、市民がお金を出し合って太陽光パネルを設置し、売電収入も分け合いながら、自然エネルギーを増やしていく仕組み。
一つ一つの規模は小さくても、屋根(土地)を提供してくれる人とパネルに出資する人がつながれば、発電所をどんどん増やしていける独自の手法です。2018年には、環境省の「第6回グッドライフアワード 地域コミュニティ部門」で環境大臣賞を受賞しました。

授賞式:環境省中井統括官(現事務次官)より講評「市民が誰でも関われてエネルギーの自立を進める『相乗りくん』。これこそ、環境省が目指す政策ど真ん中の取り組みです。環境省が行いたいくらいです」

上田市民エネルギーは、太陽光発電に適した屋根・土地を持つ「屋根オーナー」と、そこに設置する太陽光パネルに出資する「パネルオーナー」を募ります。
●屋根オーナーは、設置費用の負担なしでパネルを付けられ、電力会社の従量電灯契約の電気代単価よりも安い、太陽光発電の電気を使うことができます。ほかにも
◎パネルのメンテナンス費用は上田市民エネルギーが負担
◎停電時には太陽光パネルを非常用電源に利用できる
◎契約期間終了後はパネルが無償譲渡され、発電された電気を自由に活用できる
といったメリットがあります。

●パネルオーナーは、10万円以上で希望の金額を出資し、契約の10年間(または13年間)で、余剰売電収入によって出資投資額以上の成果を得ることができます。
◎屋根オーナーと違い、マンション、賃貸などに住んでいてもOK
◎屋根オーナーと違い、全国どこからでも参加OK
など、誰でもどこからでも、自然エネルギーの普及に参加できるところが魅力です。

単純に、自分の家の屋根に太陽光パネルを付けるだけとは違う「相乗りくん」。
そして、この発電事業から始まったストーリーが、さらに大きな“まちを変える”物語につながっています。

鎌仲作品に揺さぶられ、自分に正直に。コミュニケーションを深める役目を果たしたい

コワーキングスペースHanaLab.(ハナラボ:長野県上田市)に、愛用の自転車で現れた藤川まゆみさん。
ふらっとカフェにでも出掛けるような雰囲気は、NPO法人の理事長という肩書とはちょっと結びつかないイメージです。

「お昼ごはん食べ損ねちゃって…いいですか?」

と言いながら、インタビュー前におにぎりをパクリ。
飾らない気さくな人柄が垣間見えます。

藤川さんは広島県福山市出身。
結婚して学生時代にも縁のあった大阪で結婚生活を送ったのち、転職を決めたご主人と一緒に上田に移住しました。
ところが上田へ来てわずか2年目にご主人とは離婚。

「広島に帰ろうとは全然考えなかったですね。そのころもう上田の地域通貨グループとつながりがあって、その人たちが畑の野菜とか自家製味噌とか、もういいってくらいくれる(笑)。大阪の人も似てますけど、もっと土に近い感じで自然にみんながそんなやりとりをしてて。人と食のこういうネットワークがあれば安心だと思ったんです。上田に縁を感じたのかな。それに実を言うと、鎌仲映画が本来の私を引き出してくれて、私を離婚に導いたんですよ(笑)」

映像作家鎌仲ひとみさんのドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』の上映会に出掛けた藤川さんは、映画を観て「これって私の問題だ」と気持ちを大きく揺さぶられたと言います。

「私も原発否定派ですが、怒りをぶつけるような“反対運動”のイメージに偏見もありました。でも『六ヶ所村ラプソディー』を観たらすごく自分に正直になれて、自分の奥の方からエネルギーの泉が湧き始めたんです。今の私の原点になりました」

上映会と同時に行われた講演会では、鎌仲さん本人の明るさとパワフルさに圧倒。
そして映画の中で、反対派も賛成派もインタビューに答えている様子を見て、藤川さんは衝撃を受けました。

「意見が違う者どうしなのにちゃんと話ができるっていう鎌仲さんのコミュニケーション力に、希望を感じたんです。私は原発については知識だけで、自分では何もしない人だった。でもこういうコミュニケーションなら私にもできるかもしれない。いや、こういうことをしたかったのかもしれない、って」

すぐさま藤川さんはメンバーを集め、映画上映実行委員会「六ヶ所会議inうえだ」を立ち上げました。
何かを決める時、意見が違っていても、話し合って結論を出す必要がある。その時のために、違う意見でもコミュニケーションができるようにしたい、という思いから始めたこの活動が、その後相乗りくん誕生のきっかけになったのです。

3.11でいや応なしに上がった本気度。自然エネルギーをビジネスにする決意を固める

その後も鎌仲作品の上映会やワークショップなどを開きながら、原発問題やエネルギーについて考えてきた藤川さんでしたが、ある時思いました。

「“何かやったらいい”というのはみんな賛成だけど、具体性がなかったんですよね。講師を呼んで話を聞いても『ビジネスなんてちょっと無理だな』という感じだったり」

そんなころに起きたのが、3.11東日本大震災。
原発とエネルギーの問題が、すぐ目の前の現実として降りかかってきました。

「もうこれは本当にやらなきゃいけない!と。国や大企業に任せていたら自然エネルギーは増えないし、原発は続いてしまう。勉強するだけ、意見を言うだけでは、電気は1ワットもつくれないと気付かされました。それで相談しに行った中の一人が、現在のNPO法人上田市民エネルギー理事の合原亮一さんでした」

「自然エネルギーなんて、すごく手間がかかるし面倒なんだよ? 地域でできるの?」
自然エネルギーに詳しい合原さんは、あえて意地悪に藤川さんへ投げかけました。
合原さんの突きつけた問いに
「難しいと思うけど、それでも何かの方法でやりたい」
と藤川さんははっきりと答えたそうです。

その後3.11を受けて話をしようと集まったメンバーに加わっていたのが、合原さん、上田の地域通貨グループの安井啓子さん、のちにHanaLab.を設立した井上拓磨さんでした。

「4人で行った県の会議で、プラットフォームを作りつつビジネスにしていかないと、自然エネルギーは増えないと言われたんです。『上田じゃ無理かな』と私が言ったら、合原さんが『できるんじゃない。上田は太陽光発電に最適だよ』って」

晴天率が高い上田。また、養蚕をやっていた家も多く、特有の切妻屋根は南向きで面積も広く、太陽光パネルを付けるには条件が整っていました。
しかし当時はまだ設置費用が高く、せっかく大きな屋根があっても、真ん中に少しだけパネルを付けているような状態。

「あのいい屋根の空いている所に、他の人にお金を出してもらって、パネルを相乗りさせてもらえばいいという合原さんの話に、それならできるかも!と4人で盛り上がったんです」

「相乗りくん」のアイデアが生まれた瞬間です。

上田でなら私でもやれる! 地域と人の縁に背中を押され、代表としてNPO設立へ

どうやったらそのアイデアを実現できるか話し合っていたころ、シングルマザーの藤川さんは寿司店のアルバイトを辞めて、ビジネス系専門学校の社会人コースでパソコンと簿記を習い始めていました。

「ビジネスを考えたら、やっぱりNPOの形がいいだろうと。じゃあ誰が代表になるかで、私に白羽の矢が立ったんです。私なんて何の経験もないしバイトだし(笑)、自信がない、無理、と思ったんですけど、私だけがずっとエネルギーのことしかやってきていなかった。『藤川さんしかいないでしょう』と言われてしまって」

迷う藤川さんの背中を押すような、不思議な出来事も立て続けに起きました。

面談の場で、「藤川さんならやれますね。でも甘くはないですよ。事業として成り立つように必要な勉強もあるし、すごく大変だけど、やれますよ」とピシャリと言ってくれた、専門学校の就職指導の先生。
「相乗りで太陽光パネルを増やす事業を考えている」とつぶやいただけで、「僕、参加します。お金出しますよ」と即答した人もいました。

「上田でできた縁がつながって、こんな私を信頼してもらえてる、って。ここでだったらできるかもと思えたんですね」

その時頭に浮かんだのは、鎌仲ひとみさんの姿でした。

「人をつなぐコーディネーターみたいな気分で、市民活動をずっと楽しくやってたんですね、私。テーマは原発の話だけど、共感が広がったりコミュニケーションしたりが楽しかった。でも3.11の後、原発を自分の問題として引き受けている鎌仲さんの“覚悟”を感じる機会があって、それを思い出して、楽しいだけじゃダメだと。自分が解決の主体にならなきゃ、責任を持つ人にならなくっちゃと腹を決めました」

2011年10月、藤川さんを理事長として、NPO法人上田市民エネルギーを設立。
11月には早くも「相乗りくん」事業をスタートしました。

相乗りくんと、断熱DIY、まちづくり…すべてが持続可能な未来とつながっている

2021年7月現在、55カ所、約820kWのパネルが設置され、市民出資は累計で企業などを除く一般市民だけで約1億7,000万円集まり、そのほとんどが太陽光パネルになって発電しています。
パネル設置も、住宅だけでなく企業や大学、保育園などの大規模屋根にも対応。
「相乗りくん」のような仕組みの市民発電事業は、今や全国各地に広がっています。

「でも未だ太陽光発電は誤解されています。売電価格が下がって『太陽光は元が取れない』とよく言われますが、設置コストも同時に下がっているので、収益率は2011年の頃と変わらないんですよ。屋根の上で発電した電気は売らずに自分で使えるば、安い電気だということが、正しく伝わっていなくて残念。長野県も“電気は買うより自分でつくる”を勧めています」

現在、藤川さんたちの活動の柱となっているのは、「相乗りくん」のほかに2つ。
「断熱改修DIYワークショップ」、そして「持続可能な上田のビジョンづくり」です。

断熱ワークショップは、「教室が寒い」という高校生の訴えがきっかけとなった白馬村の白馬高校から始まり、100年以上続く映画館「上田映劇」、古本店、シェアハウスなど、参加者によるDIYで行ってきました。
断熱改修することで、少しのエネルギーで十分な暖房効果があることを体感できるよう、人が集まって話題になる場所からまず取りかかったそうです。

そして、自然エネルギーと上田のまちづくり、この二つはどう関わるのでしょうか。

「いいえ、全部が関係してるんですよ。地域や地球全体が抱えている、エネルギーや気候変動や人口減少の問題…全部の解決につながるのが、相乗りくんであり、断熱であり、まちづくりなんです」

電気やガス、ガソリンなど、日々消費するエネルギーに対して支払うお金は、地域と関係のない事業者や大企業にそのほとんどが流れます。
地域で使うエネルギーを地域でつくり、その地域の中でお金を回す。
“エネルギーの地産地消”ができれば、外に出ていくお金は減り、地域の中で生かせるのです。

「人口減少が進んで、このままでは上田は持続不可能だと、多くのデータが示しています。街のかたちやあり方、暮らし方を変えなきゃいけないと、危機感を持った上田市内の異業種のメンバーが集まって『上田400年ビジョン研究会』を立ち上げました。官も民も、立場を越えて力を合わせなければ解決できない課題です」

これまで研究会で、まちづくりについて提言を続けてきた藤川さんたち。
今後はより具体的なディスカッションの場をつくりたいと、準備を進めています。

2019年7月5日「持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する」地域会議
エネルギートークイベント『強くてしなやかな上田のつくり方』より

「今のままいって上田が衰退していっても、課題解決のために大きく方針転換するにしても、どっちもそこに暮らす人はたいへんかもしれません。でもどうせたいへんなら何かやりようがあるんじゃないかと“やってみること”を私たちはまず選びたい。課題は多いですけど、この仕事に就けて、おもしろいと思ってるんです、本当に」

縁もゆかりもなかった土地で、知識も経験もなかった一人の主婦が、多くの人とつながり、今や、行政や事業者を巻き込んでまちづくりを担う立場にまでなりました。
上田が大好き、という思いが一番の原動力なのでしょう。
地域の未来を、その地域に暮らす人たちが考え、自ら動くことは、当たり前のように思えて実は難しいことです。
どこかの誰かが何かやってくれることを期待するより、そこで生まれ育った人、そこが好きで暮らしている人たち自身がつくり上げる方が、素晴らしいものが未来にまで残るのではないでしょうか。

NPO法人 上田市民エネルギー

〒386-0018 長野県上田市常田3-2-53
http://eneshift.org

環境省グッドライフアワード受賞者紹介

https://www.env.go.jp/policy/kihon_keikaku/goodlifeaward/report201810-ainorikun.html

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