からだとこころを整えながら、自分を再発見。メンタルダウンした社会人に寄り添い、復職を支える


心の不調で休・退職した人が、前よりもっと元気に、生きやすく、自分らしく

株式会社明日華が松本市の浅間温泉で運営する、就労移行支援事業所「明日華(あすか)」。
主にメンタルの不調が原因で休職・退職した人が、職場復帰や再就職を目指して、支援を受けながら就労スキル訓練などを行う施設です。
2019年11月から市内の別の場所で運営を始め、ほどなく現在地へ移転。現在、専門知識と経験を持ったスタッフが上條さんを含めて5名で、18~50歳の利用者15名をサポートしています。

メンタルが落ちて働けなくなった人は、生活リズムの乱れなどで、心だけでなく体の不調も伴っていることが多いといいます。
そのため明日華では、ヨガや運動のプログラムを支援の基礎として大切にしています。
食事・運動・睡眠という基本的生活習慣を整えて体を健康に保てば、自己理解やコミュニケーションスキルの習得など、次のステップに進む力を出せるようになります。

単に職場へ戻ることだけを目指すのではなく、以前の働き方や生き方を見直し、“自分らしい再スタート”ができるように、利用者一人一人のスモールステップに寄り添うサポートを心掛けているのが「明日華」です。

医療従事者として見続けた、働く人のメンタルの現実。地域に居場所をつくるため動く

温泉街の一角に建つ2階建ての住宅。
カラフルなイラストと「明日華」の文字が入った手描きの看板以外は、普通の民家です。
看板には「抗酸化陶板浴」という文字も。これは一体…?

「この建物のオーナーがもともと運営されていて。歩いて5分ぐらいの所です。体にいいんですよ。ぜひ一度体験してみてください」

人なつこい笑顔で語る明日華の代表、上條政次(まさつぐ)さん。
名刺には「産業カウンセラー」「キャリアコンサルタント」「健康経営アドバイザー」などたくさんの肩書が並びます。

松本市出身の上條さんは、30年以上、医療の現場に身を置いていました。
レントゲンなどを撮る診療放射線技師として、検診機関や病院に勤務。技師として受診者と接しながら、総務・人事といった管理部門も任されました。
ちょうどそのころ始まったのが、一定条件の事業場に義務づけられる「ストレスチェック」制度。働く人が自分のストレスの状態を知って適切に対処したり、職場のストレス要因の改善につなげたりすることで、メンタルヘルス不調を未然に防ぐ仕組みです。

「管理部門では、企業の担当者と話す機会が増えました。そこでは、体よりも心の問題で相談を受けることが増えたんですね。健康診断でも心のストレスに対応しようということになって、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの資格を取ったんです。それが今の仕事の最初のきっかけになりました」

すでにアンチエイジングに関する指導士資格を持っていた上條さんですが、体の不調の90%以上は過度なストレスが原因と知り、心の健康がより重要であると痛感しました。

働く人のメンタルヘルスの問題に取り組む決意を固めて、55歳で病院を退職。
マネジメントを担当する企業に出向いて、カウンセリングなどを行いました。

「企業を回って気付いたのが、“居場所がない人”が多いこと。調子が悪くなって休めば、会社に居場所はない。入院ではなく投薬治療だと、医療機関にも居場所がない。収入がないから家庭にも居場所がない。それと実は、病んだ当事者と、その事実を周りに話せず抱え込まざるを得ない上司や人事担当者も苦しんでしまうことが結構あったんです。同じ会社の中にいては、どちらにとってもつらいことです」

そこで上條さんは、いろいろな人が集えるフリースペースをつくり、そこを居場所にしてもらいたいと考えました。
日常から離れた空間で、立場に関係なく自由にいられる“みんなの居場所”です。

「でもそれだけならボランティアにしかならない。それで調べてみたら、不調で働けなくなった人の継続的なケアと、その人が回復して戻る先の、働く環境も変える、その両方ができる仕事があるとわかって。それが就労移行支援だったんです」

さまざまな背景を持つ利用者一人一人に合わせた支援で、心と体の調和を第一に

しかし上條さんにとって、就労移行支援という福祉の世界はまったくの未知。
「もっと勉強してから始めた方がいい」と、周りは心配する声ばかりだったといいます。

「私が特にやりたかったのは、復職支援なんです。メンタルダウンした人が、退職という判断の前に休む期間は必要なので、療養に入る。でもそこから復職する壁が高いんですね。無理して壁を登ろうとすると落ちてしまったり。だから、私たちがサポートしながらスモールステップで復職を目指せるように、福祉の仕組みを利用しているんです」

明日華として就労移行支援事業を始め、最初に開いたフリースペースには、キックボクシングのジムも併設。「打撃系のスポーツは精神にいい」という多くの論文に裏付けられてのフィットネス運営です。

ところが開設してすぐ、コロナ禍に見舞われました。
当初「フィットネスが危ない」という未検証の情報が広がり、不安もあってジムを休止に。会員も多くが辞めてしまいました。
就労移行支援も思ったように人が集まらず、運営も厳しくなり、メイン事業のフリースペースを諦める形で、現在地に移転しました。
手狭にはなってしまいましたが、今は少しずつ上向いてきた状況です。

「これまで、復職を果たした方が2名。復職を目指して利用中の方が4名います。いわゆる福祉方面からの紹介はあまりなく、当事者本人がネットでここを見つけるパターンが多いですね。企業に対しても、こういう制度を使って従業員の職場復帰を目指しませんかと働きかけているところです」

明日華の利用者は実に多様です。
知的障がいと認定され療育手帳を持つ人もいれば、大企業で働いた高学歴の人もいて、一律の支援は難しいといいます。
そのため、決まったカリキュラムに乗せるのではなく、一人一人に合わせて独自に支援プログラムを組み立てています。

ですが上條さんがもっとも大切にし、すべての人に基本として取り組んでいるのは、“心と体の調和”です。

「朝起きて、昼間は活動して、ちゃんとごはんを食べて、夜はしっかり眠る。これがうまくできていない人がいます。仕事を休んで家にいると、体力も気力も落ちる。食事もジャンクフードばかりという人が多くて、腸内環境が悪いんですね。腸と脳はつながっていますから、精神にも影響するんです」

「仕事はつらいものだ。ガマンしながらやるしかない」という考えにとらわれ、メンタルダウンして自己肯定感が下がった人が、運動やヨガ、瞑想を続けることで、同じことをグルグルと考えてしまう負のスパイラルを断つ効果がもたらされます。
腸内環境を整えるため、栄養やバランスに気を配った食事をしっかり取ることも大切にしています。

地域とつながる経験をもっと。自然や人と接し、知らなかった自分に気付くきっかけに

明日華では今、農業に携わる活動に積極的に取り組んでいます。
農家・農園で農作業を手伝ったり、ジャム加工前に桑の実を洗浄・選別する作業、まき割りや、植林用の苗を育てたりしています。
就労体験とワークプログラムを兼ねるもので、重視しているのは利用者の気付きや振り返り。基本的には、工賃をいただく仕事として請け負っています(一部のケースを除く)。

ブルーベリー園での摘み取り収穫作業

「自然からのエネルギーをもらいたいんです。生命力のあるものに触れるのは、ケアの観点からもいいこと。事業所の外に出て、リアルな現場でやることが大事だと思っています。農業に限らず福祉連携の仕事はほかにもありますし、販売収入に結びつくオリジナル商品の開発にも力を入れているんです」

本通信でも紹介している「モミガライト」「もみギュッ炭」のパッケージング作業

松本市の民芸品「松本てまり」を、伝統を伝えるてまりの会の方から直接指導いただき、明日華の利用者さんが独自のデザインで制作。オリジナル商品として販売しています。

さらにこの夏、上條さんが仕掛けた一つのイベントがありました。

『初めてのプチ一人旅』と題し、松本市の四賀地区で、岩山の散策や座禅体験、古民家カフェでの地元食材ランチを楽しむ日帰りプランです。

「私が暮らしている四賀では、地元の人が多彩な活動を昔からやっています。ここは景色も匂いも違うんですよね。四賀を知ってもらいたい。人を連れてきて何かできないかと、ずっと考えていたんです」

コロナ禍の夏休みということで、対象は近隣の小学校高学年に限定。親は一切付き添わず、友達どうしの参加も不可という条件です。
そして、「本当は力を持っているのに自己肯定感が低い」明日華の利用者の皆さんに、達成感を得てもらえればと、イベントの企画立案から運営まで関わってもらっての実施です。

当日は子どもたちが10名、明日華の利用者が4名参加。
賛同者からの出資やボランティアスタッフの協力もあり、無事に開催できました。
参加した子どもたちは、最初こそ緊張していたものの、あっという間に打ち解けて、のびのび楽しんでいたそうです。

写真のプライバシー保護加工は、明日華の利用者さんがおこなってくれたそうです。

途中、四賀の無量寺で、子どもたちと利用者さん、スタッフ全員で座禅を体験。

詳しくはこちらをご覧ください。
https://asunohana.jp/ぷち一人旅行ってきました!/

「またやってほしいと、子どもたちの方からリクエストがあってうれしかったですね。そして何よりスタッフとして関わった利用者さんの達成感がハンパなかった(笑)。リーダーを務めた男性は子どもが苦手だったんですが、現場で一番なつかれていたのは彼。子どもたちからすごくパワーをもらったようです」

※2021年8月4日開催「初めてのプチ一人旅」の様子(動画)はこちら。
https://m.youtube.com/watch?v=_UyTUchAcrs

心が疲れた人、生きづらい人のための居場所・リトリートの場をひらくことを目指して

上條さんが目指すのは、リトリート(※)の場をつくること。
都会から離れて田舎を訪れるといった、いる場所を移すだけでも疲れた心をケアすることができます。自然に触れたり、日常とは違う体験をしてもらうことで、四賀の地域課題の解決にもつながればといいます。

「四賀で何か人の手が欲しい時などに外から来てもらえると、地元にとっても助かる。それにリモートワークにも最適だと思うんですよ。ちょっと疲れたら外に出て、大根こいでくるとか(笑)。いい働き方だと思いますよ。1カ月や1年という長い期間を過ごすような計画も考えてみたいですね」

もう一つは陶板浴のさらなる展開です。
運営を引き継いだ抗酸化陶板浴施設「たんぽぽのわたげ」は、岩盤浴よりも低温・低湿で、肩こり・腰痛・頭痛を改善し、自律神経を整える効果がありますが、「浅間温泉にあったら、みんなそっちに行ってしまう」のが悩みの種。
別の場所にも設置して、癒やしの空間をつくりたいという夢を持っています。

最後に上條さんは、正直な胸の内を明かしてくれました。

「明日華には、労働契約のもとで働く一般就労を目指す人が来ています。でも、必ずしもそれだけなのかなと。幸せに生きていくための、居場所を探してもらうのが最大のテーマですが、『仕事は苦しいもの』と考える人が同じ場所に戻っても、続く人と続かない人がいます。明日華にいたら仕事ができても、一般社会のスピード感は全然違う。元に戻るばかりでなく、彼らが働きやすい別の場所を探すこともやりたいと考え始めています」

農業もイベント企画運営も、明日華の利用者にとっては、多方面の社会体験を積む一環です。
体験を重ねる中から、自分らしい生き方を見つけることができれば、それがその人にとっては最大級の気付きであり、生き直しのスタートになるはずです。
メンタルで苦しむ人を少しでも減らしたいという上條さんの強い思いが、まさにこれから、多くの人を巻き込みながら動いていくのではないでしょうか。

※リトリート:仕事や家庭、人間関係などの、複雑で忙しい日々の生活ストレスから離れ、自分だけの時間を持つことで、心からリラックスし、疲れを癒やす過ごし方・体験

就労移行支援事業所 明日華(株式会社明日華)

〒390-0303 松本市浅間温泉3-1-18
https://asunohana.jp/

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