“食の知恵”は生きる術。命の危機を体験した薬膳料理家が、忙しい主婦と地元の生産者を救う


「薬膳」の考え方に基づいた料理を、手軽に取り入れられるお惣菜で提供

Natural Recipes Kitchen(ナチュラルレシピズキッチン) : 久保田 あすかさん

2020年2月、長野県長野市にオープンした「NATURAL RECIPES KITCHEN(ナチュラルレシピズキッチン=NRキッチン)」。
キャッチフレーズは「まちのちいさなお惣菜カフェ」。交差点に面したガラス張りの明るい店構えで、キッチンスタジオとしても使えます。
信州の新鮮な旬の食材や、地元企業・中小メーカーが製造する食品をメインに使った、手作り・無添加で体にいいお弁当や惣菜を製造販売しています。20年秋現在は、テイクアウトとオンラインショップのみで営業しています。

NRキッチンの料理は「薬膳」の考え方を取り入れています。二十四節気に合わせた医食同源を基本とし、自然の影響や病気に負けない体をつくる食事です。
薬膳料理と聞くと、ちょっと薬っぽくて、例えば火鍋のように何かいろいろ溶け込んで…というイメージがぼんやりとあります。ところが、NRキッチンに並ぶのは、野菜たっぷりの色鮮やかなサラダや、カレー、ハンバーグ、豚の角煮など、食べ慣れているおなじみのメニューたち。普段着の食事ばかりです。

健康食を提供する店として、このコロナ禍でできることはないか。そんな思いもあって生まれたのが、健康惣菜「レスキューパック」です。
お惣菜で何をレスキューするの? そんな疑問を抱きながら、お店を訪ねました。

荒れた食生活が招いた命の危機。助かって初めて、食に興味を持つように

どちらかというと小柄な背格好から発せられる、繊細な印象の声。ですが、話の内容は、声だけのイメージとは正反対のダイナミックなものでした。
久保田飛鳥さん。薬膳料理家であり、NRキッチンのオーナーです。また主婦として、夫と一人息子との3人家族を支えています。

「忙しい医者の父との父子家庭で育ったためか、子どものころから食環境が乏しくて。ほとんど外食だし、家では“孤食”なので食欲もわかず、食事は単なるカロリー摂取という感じでした。大人になってもそれは変わらなかったんです」

東京都内の企業に勤めていたころも、仕事しながら片手間に食べることが日常的。
毎日、栄養ドリンク1本と栄養補助食品1箱、たまにコンビニ弁当、という、食事とも言えない食生活を5年ほど続けていました。

「食べると眠くなるのが嫌で、食べること自体がストレスだったんです。当時はとにかく仕事仕事で、間違いなくメンタルも普通じゃなかった。とうとう体が悲鳴を上げました」

職場で勤務中に倒れ、低体温と呼吸困難で救急搬送されたのです。

「意識はあったので、救急隊員の会話は全部聞こえるんです。『ちょっと危険。ダメかもしれない』と言っていて、ええっ!?って。搬送先がようやく見つかって、検査をしたら、大腸も部分的に壊死(えし)したような状態と言われ、即入院になりました」

水を飲んでも下痢や嘔吐するほどのひどい状態。そこから3カ月間、点滴だけで過ごすことになりました。

「途中で気が狂いそうになって、『何でもいいから食べたい!』と思ったんです。食に興味がなかったはずなのに、そう思ったんですね」

担当医に「治すなら本気で治さないとこれは無理」と言われた久保田さんは、やるとなったらとことんやる性格。
食で壊した体は食で治すしかない、と、退院後、専門の先生に付いて2年間みっちりと漢方や薬膳を学び、料理学校にも通いました。

「職場復帰もして、働きながら勉強しました。食事も1日3食必ず食べると決めて。でも怖かったので、ごはんは家で炊いて持っていきましたね」

食への向き合い方が、それまでの人生とは劇的に変わったのです。

多くの人との出会いと新しい道を得た、あらためての信州とのご縁

「祖父が軽井沢の元駅長、父の生まれは長野県北部の町で、もともと信州に縁はあったんです。信州出身の夫と結婚して、出産を機に、東京から移り住みました」

子どもが生まれたことで、食への関心はさらに深まりました。家族の体調や心の状態に合わせた食事を作ることは、自分の喜びにもなっていきます。
やがて、東京時代に知った信州の食品メーカーとの大きなつながりを得ることに。

「病気をして固形物がダメになった時、何か手軽なものはないかと見つけたのが伊那食品工業『かんてんぱぱ』のゼリーやスープ。おいしくて、よく食べていたんです」

同社の創業者、塚越寛最高顧問の生き方に感銘を受けた久保田さん。食育の分野で取った資格を生かすため、伊那食品工業に協力してもらえないかと、まったくのアポなしでプレゼンに出向きましたが、当然、軽くあしらわれて終わり。
しかし持ち前のチャレンジ精神で粘った結果、熱意を認められ、同社とのコラボレーションが実現。『子どものための食育ワークショップ』を開催することができました。

「食育イベントが成功して、たくさんの親子に喜んでもらって、“食”には人を笑顔にする大きな力があると実感しました。より多くの人に笑顔になってもらいたい。地域を元気にしたい。その思いが、このNRキッチンを立ち上げるきっかけになったんです」

コロナで計画が中断…思わぬきっかけから生まれた新たなアイデア

NRキッチンを立ち上げ、オープンしたものの、直後に新型コロナの影響を受けてしまいます。
当初予定していたカフェとしての営業は中止。キッチンスタジオも稼働できずじまいです。

「そもそもは、料理教室と、県内企業との協働という、2本立てでやっていく狙いだったんです。家賃もかかるし、薬膳弁当でも売ってみようかなと、本当に思いつきで始めたお惣菜の製造販売ですが、つまずくことも多くて大変なスタートになりました」

食材を真空パックして冷凍した「レスキューパック」

ある日、売れ残った惣菜をスタッフが持ち帰るために真空パックにしたものを、ちょうど買い物に来たお客さんが「それをください」と買っていきました。

「あっ、これ買うんだ、とビックリして。それで、この真空パックを冷凍にすれば長く保存できると気付いたんです。このコロナがなければ思いつかないアイデアでしたね」

忙しい主婦でも、解凍するだけで、体のことを考えた食卓にできる。主婦を助ける『レスキューパック』と名付けて販売を始めました。
パックになっているのは、お肉系のメインおかずと、野菜をふんだんに使った副菜がそれぞれ5~6種類ずつ。カレーやスープもときどき加わります。1パックで約2人前。信州の旬の食材と、久保田さんが持つ薬膳の知恵を合わせて、さまざまな調理法で味わえるメニューです。
いざふたを開けてみると、ターゲットにしていた主婦に限らず、一人暮らし、高齢者、働く女性など、予想以上に幅広い層に受け入れられました。

「都会に住むご家族に送られる方もいます。今はこのレスキューパックが柱になっていて、今後も続けようと思っています。これからは、どこにこだわるのか、お客様の声をリアルに拾いながら進化させたいですね」

地元の食材・生産者・メーカーと手を取り合うプロジェクトへ発展させたい

レスキューパックには、ただの冷凍手作り惣菜ではない、久保田さんの思いが詰まっています。

2019年に発生した台風19号の影響で、長野県の農畜産物の生産者は大きな打撃を受けました。
加えてのコロナ禍。生産者、製造メーカー、販売店や飲食業者など、食に関わるあらゆる人々が困難な状況に追い込まれています。
そんな人たちの助けに少しでもなりたいと、レスキューパックを通じて信州の食を全国へ発信し、魅力を知ってもらうことで、将来は信州を直接訪れるきっかけにもなればと、久保田さんは『信州の食で創る未来プロジェクト』を構想しています。

このプロジェクトにはすでに県内の複数の事業者が賛同しています。
最初のきっかけとなった伊那食品工業をはじめ、老舗のみそ蔵「酢屋亀本店」や、飲食店「和食織是」も営む大町の米農家・玉城さん、きのこ生産の「丸金」、無農薬野菜を販売する「カネマツ物産」など、久保田さんの思いに共感した皆さんです。
NRキッチンのメニューにも、皆さんの素材・食材が使われています。

「『食の知恵は生きる術』というのは、入院した16年前からずっと…たぶん一生涯の私のコンセプトですね。人の体や精神は、自然の影響を受けて不調になることがあります。これはなかなか避けられないんですが、食事によって安定させることはできます。これが“薬膳の食養生”。食の知恵でどうやって生きるか、切り抜けるか。例えば秋は気管支が弱るので、肺を潤すために白い色の食材を取ってください、という食のヒントを、お客様にお伝えしながらお惣菜を販売していきます。昔からの漢方の知恵を、皆さんの健康のために役立てたいんです」

今後は、企業とのコラボもさらに進めていきたいという久保田さん。
伊那食品工業から発展して、県内食品メーカーが販売する商材を使った健康メニューのレシピを開発する事業も考えています。

「どんな時でも、食べることは、体をつくり心を整える基本。生きる力を与えてくれます。レスキューパックで、より多くの皆さんが毎日の食を気にかけるきっかけができて、しかも食に関わる地元信州の方々も笑顔になれればいいですよね」

食に対する久保田さんの思い、そして食を通して生まれた地域の活力は、豊かな社会のベースになるものではないでしょうか。

自らの命をつないだ食の知恵と、たぐり寄せた多くのつながりで、いろいろな人を救うことができるかもしれない。
そんなふうに信じて、久保田さんは今日もパワフルに動き回っています。

Natural Recipes Kitchen(ナチュラルレシピズキッチン)
長野県長野市南県町653
TEL. 026-266-0193(受付時間11:00~14:00)
https://n-recipes.com/

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