サステナブルな里山の風景をつくりたい。山を生かした暮らしの先にある豊かさを、多くの人に


林業の会社だからこそ伝えられる、“杣(そま)の道”から始まる暮らしの大切さ

長野県松本市の岡田地区。ゆるやかな斜面から市街地を見下ろす山林と、静かな住宅地や田畑とが隣り合う、自然豊かで落ち着いたエリアです。
岡田にある柳沢林業の社屋は、昭和時代の一般的な民家を利用したユニークなもの。小さな蔵や日本庭園、畳敷きの和室など、建物も敷地もほとんど昔のまま利用しています。

そして玄関の横につり下げられているのは、本格的な酒林(杉玉)。造り酒屋の軒先で見かけるあれです。
林業の会社なのに、なぜ酒林…?
その謎も、社長の原薫さんのお話を聞けば解けるでしょうか。

柳沢林業で原 薫さんにお話を伺いました

原さんは株式会社柳沢林業の代表取締役社長であり、「一般社団法人ソマミチ」の代表でもあります。
ソマミチの“ソマ=杣”とはきこり。まさに原さんたち林業を営む人々です。
『木を使う社会の仕組みづくり』を目指して活動している団体です。

「かつての日本では、山や木を生かしながら、命の源である水もうまく治めて暮らしていました。自然を生かしながら、人の命も生かされてきたんですよね。この信州にはまだ豊かな山・森があって、それを守ってきた文化もあり、携わる人もいる。日本の屋根と言われるアルプスを抱えた信州は、広大な下流域に対して責任があると感じますし、信州の山から発信して活動することは意味があると思っています」

現代の私たちは、山や川、森などの自然環境から、あまりにも遠く離れすぎて暮らしています。
人の暮らしが近代化する中で、人間は自然を“支配する対象”と考えてきました。その結果、命を奪われるほどに想定を超えた自然災害が世界中で起こり、人間はなすすべもなく右往左往しています。人間も自然の一部だということを忘れた結果に思えてなりません。

「人間の都合を基準にしてきた暮らしから、根本的に考え方を転換する必要があります。“山基準”へと価値観を変えたいんです」と原さんは強調します。

“持続可能な山をつくる”思いを同じくした仲間が集まり、「ソマミチ」を結成

神奈川県出身の原さんは、農学部で「樹木学」を学び、のちに結婚するご主人との縁もあり、林業の仕事を始めた静岡から松本へ移住。柳沢林業に就職します。
木を生かすことを使命と感じながら、現場作業に汗を流すだけでなく、日本中の森を訪ねたり、家づくりを学んだりと、充実した日々を過ごしました。
やがて社長(現会長)から、会社を継いでほしいという話が直々に。

「私なの?と思ったし、もちろん同僚とも時間をかけて何度も話し合いました。先行き不透明なこの業界で、会社を引き受けようと覚悟を決められたのは、その時期のめり込んだヨガのおかげかも。“腹が据わる”と言いますけど、ヨガは本当に丹田(おなか)の力がついて決断力が身に付くし、自分の生きる目的にも気付けました。ヨガを極めたあの時間は、私にとって社長になるための集中トレーニング期間だったと思います」

2013年に法人化した柳沢林業の社長となり、それから2~3年目。
原さんが理想を模索し始めた中で、原さんの思いと共鳴し、木材を利用した持続可能な山づくりを目指す仲間と出会う機会に恵まれました。

「林業の業界って、連携というのが全然なかったんです、実は。私は横や縦のつながりを持ちたくて、業界に関わる皆さんの話が聞きたい!と思ってたんですね。製材所、工務店、設計士、家具職人さんなど、いろんなジャンルの方々と話をして、私だけじゃなく皆さんも『話せてよかった』と言ってくれて。活動資金の調達につながる情報とアドバイスをくれる方もいらっしゃって、助けになりました。そんなことがソマミチの最初の一歩だったんです」

イベントで集まったソマミチメンバー(写真は一部のメンバーです)

木に関わる川上から川下までの業種に携わる人々が集まり、理想的なチームができました。
そして2017年にソマミチが一般社団法人として発足。
多様なメンバーどうしがお互いに学び合い、つながり合いながら、地域の人たちに向けたさまざまな取り組みを続けています。

ソマミチが開催する一般向けの主なイベントは
【山ゼミ】山を学ぶ座学と実地のプログラム
【ソマミチ キッズDAY】里山で木工や料理などを楽しむ親子向けの自然体験
【ソマイチ】体験やワークショップ、物販などを行うWOOD MARKET
【ソマミチツアー】森林を巡るツアー
など、遊びも学びも含まれた多彩な内容です。

ソマミチ キッズDAY「里山シェアフォレストで遊ぼう!」

「ソマイチ」の体験ワークショップ
ソマミチ チェーンソーワークショップ

「今はまず、自然を知ってもらうことに重点を置いています。とにかく山に人をお連れする。遊びからでいいので、自然に触れることで、皆さんの感性を磨いてほしいんです。“人は自然の一部”という感覚は、自然の中に入って体験することで、自分の内側から呼び起こされるものだと思うので」

ソマミチの合言葉、『木を使う社会の仕組みをつくる』を目指すため、多くの人が山に入って、見て触って、体感してほしいといいます。
「遠回りかもしれないけれどそれが確実」と原さんは話します。

もともと日本人が持つ“自然(じねん)”の概念を、今の時代にこそ取り戻したい

ソマミチは2021年に「3つのビジョン」を掲げました。

(1) 経済のリ・デザイン
 地域に顔の見える関係をつくり、地域経済の発展と自立をカタチに
(2) 森林のシェアリング
 森の恵みを享受できる共有参画コミュニティーの輪と場を創る
(3) 自然のライフスタイル
 自然(じねん)の思想で自然(しぜん)に寄り添う豊かなライフスタイルの実現

3つめにある“自然(じねん)”とは、同じ漢字を書く自然(しぜん)とは別物だと原さんが教えてくれました。

「英語でnatureの自然は『自然環境』という意味ですが、それに対して自然(じねん)は日本人にもともとあった概念で、人間も含めて、生物・無機物を問わず万物に神が宿る、つまり『いのちひとつらなり』という自然観です。例えば太陽、御来光を拝むとか、そういう感覚って日本人ならではですよね。先ほどの“人間も自然の一部”という考え方です。この自然(じねん)こそ、私たちが言う“山基準”なんです。すべての始まりを山にしたい、と考えています」

山に木が育ち、山から集まった水が川となって里へ流れる。そして木も水も、生き物にとっては豊かな恵みです。
昔は当たり前だった、山と人がお互いに生かし生かされる暮らしは、それぞれが相手を脅かすことなく、循環しながら持続してきました。

「日本の気候は木の生育に適しています。逆に言うと、手を入れてやらないと、育ちすぎて山が荒れてしまうんです。山の木を適度に利用し続けることが山の豊かさを守ることになるし、日本の風土のために必要です。でも現実はうまくいっていない。山はただ眺めるだけの遠い存在になっているし、製材所も減り続けて、木を使いたい人がいてもすぐに使えない状況。里山の風景が残るこの松本平で働くきこりとして、山と街と仕事がつながり合う地域づくりを目指しています」

松本市美鈴湖もりの国オートキャンプ場周辺で「ソマミチ」が企画・イベント運営した「体験型山学『山ゼミ』ミライの森をつくる」の様子。木の伐採、植林体験、薪づくり体験、焚き火座談会など実施

柳沢林業のミッションとしてまとめ上げたこの考え方は、「未来を育む持続可能な地域デザイン」として、2021年度のグッドデザイン賞を受賞しました。
地域に合った山づくりを実現するために、6次化にチャレンジしながら企業としての持続性も維持しつつ、山を守り、身近な自然や木に関わる仕事の魅力も発信する取り組みが評価されたのです。詳しくはこちら

グッドデザイン賞受賞のコンセプトイラスト

山の恵みを醸した日本酒が完成。共感してくれた人たちの想いをひとつの具体的な形に

これからの柳沢林業とソマミチについて、原さんはどう考えているのでしょうか。

「自然の中で体感する遊びや学びの機会を多くの方に提供しながら、その心地よさを暮らしの中に少しずつ取り入れていただけるようにしたいですし、一方で、木を使う仕組みづくりに向けては、一番厳しい状況にある製材業の再興を中心に、森林の計画から適正規模の木材利用や流通の構築を実現したいです」

また、柳沢林業は農業も展開しています。
林業の現場で馬搬(ばはん)を担う馬・ヤマトを飼育しており、そのヤマトが田畑の土も耕してくれています。4年前からは田んぼで米を作り、去年は初めて酒米を育て、純米吟醸酒「山瑞 SANZUI」を仕込みました。
美ヶ原に源を持つ流域の田んぼで、無農薬・無施肥で育てたこだわりのお米。同じ源流の湧水を仕込みに使っている松本市街地唯一の酒蔵「善哉酒造」が醸造しました。

みんなが笑顔になる、ヤマトとふれあう「ヤマトの日」
ヤマトは馬搬・馬耕で大活躍
「善哉酒造」の仕込み風景
馬と共に米を育て、出来上がった日本酒 山瑞

「農業を始めたのは、山の恵みを、質への意識が高まった食べ物として提供しようと考えて。そして山の恵みの最たるものは水。その水が米を育み、その米と水と微生物のおかげでできるのがお酒です。まさに山の神からの贈り物、「お神酒」。また、空気にしても、人生の大半を過ごす住まいの室内環境をもっと大事にすべきなんです。なぜ木の家がいいのか、木の本当の良さって何なのか、ちゃんと伝えなきゃいけないですね。今の木材は木の本当の良さを殺してしまっているところがありますから」

社長の立場としては、山が好きな若いスタッフが自分から希望して来てくれることをありがたく思いつつ、今の時代の人材育成の難しさも感じているそう。

「でも、まだ社会に染まっていないフレッシュな人が入ると、こだわりでカチカチになった上の世代の意識が変わりますね(笑)。『しっかりしなきゃ』と私たちが思わされる。組織にも絶えず新しい風を入れていかなきゃと思います。山の空気や、畑の土と同じですね」

“狩猟免許も持つ林業会社の社長”というワードとはイメージの違う、終始穏やかなトーンで語ってくれた原さん。
その丹田力でブレずに進んでいく姿が、これからも多くの仲間を引きつけていくのでしょう。

●松本市森林再生検討会議(座長:原 薫さん)
市長への提言(2021年3月23日)より抜粋
 多くの市民がおっしゃいます。「松本は空気が美味しい。水がきれい。」と。
 一日に摂取する量としては、食べ物よりも空気の方が重いのをご存知でしょうか?
 2分以上、呼吸をとめたり、4日以上、水を摂らずにいれば死に至ります。
 普段当たり前すぎて意識することはありませんが、それほどなくてはならない空気と水。
 それは紛れもなく「山の恵み」であり、松本に豊かな森林があるからこそ手に入るものです。
(中略)
 日本は放っておいても森林化してしまう恵まれた自然環境にあります。原生林は別ですが、身近な山林や一度手を加えてしまったところは、「適度な利用」が森林を健全な状態に保ち、災害を軽減することにつながるのです。
 ただし、もはや「おじいさんは柴刈りに」行く時代ではありません。今の時代にあった森林の利活用を考える時期に、いえ、「好機」にあると考えます。昨今のキャンプ需要や森林セラピー、あるいはアウトドアスポーツの人気ぶりを見ていると、何やら楽しい雰囲気が漂います。また、コロナウイルスの出現によって、免疫力を高める暮らしが、かつてないほど求められてもいますが、森林浴による免疫力維持の効果は一カ月続くとされていますし、コンクリート造に比べて木造の校舎では、インフルエンザによる学級閉鎖が3分の1という結果も出ており、今こそ信州の豊かな森林を活用しその恩恵に与る時だと思うのです。

◎株式会社 柳沢林業
長野県松本市岡田下岡田774-1
http://yanagisawa-ringyo.jp/

◎一般社団法人 ソマミチ
https://www.somamichi.com

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